Good news
2019-09-12 19:39
by Kristin Neumann
  Last edited:

抗生物質と薬剤耐性菌の危険性

1928年にアレクサンダー・フレミングがペニシリンを偶然に発見したとき、抗生物質は「薬物治療の黄金時代」の到来を予告しました。以降、この特効薬は数百万人の命を救ってきました。抗生物質は薬物治療と人間の健康のあり方を根本的に変化させました。髄膜炎や心内膜炎、結核や産褥熱といった致死的な病気が治療できるようになったのです。

 

アオカビ

アオカビ (https://www.flickr.com/)

外科手術も安全になりました。手術前に抗生物質を投与することで、術中に感染する可能性のある感染症が予防できるようになりました。感染症に罹った場合にも、抗生物質は効果を発揮します。

今日では、外科手術の感染症、肺感染症やチフスによって患者が死亡しないことは当然のこととされています。

しかし、時代は変わりました。

A・フレミングがペニシリンを発見したとき、彼はすでに薬剤耐性について警告していました。抗生物質を使う場合は十分注意するべきです。抗生物質が存在するところには、耐性遺伝子も存在するからです。細菌の多様性は増大し、常に環境に適応してきたということ、細菌は地球上で10億年以上も生存してきたということを忘れないでください。細菌は適応の達人なので、抗生物質にも適応します。抗生物質の使用が拡大すればするほど、薬剤耐性菌も増えていくでしょう。

しかし、フレミングの警告は受け止められませんでした。ペニシリンの発見から90年後の現在、私たちは「ポスト抗生物質の時代」に直面しています。薬剤耐性菌は世界中に拡大しています。既存の抗生物質すべてに対して薬剤耐性菌が知られており、完全に効果のある抗生剤は残されていません。それだけでなく、スーパー耐性菌と呼ばれる、あらゆる種類の抗生剤に耐性を獲得した細菌も現れました。きっと、この細菌にだけは感染したくないと思うことでしょう。

抗生物質には三つの効果があります。

…細菌の細胞壁合成を阻害する。細菌が細胞壁を合成できないと、分裂することができず、結果的に増殖することができません。無傷の細胞壁がなければ、細菌は自滅してしまいます(アポトーシス)。

…細菌のタンパク質生合成を阻害する。例えば栄養素の生成、細胞壁の合成や再生など、タンパク質は細菌の生存に不可欠です。

…細菌のDNA複製を阻害する。細菌が増殖することができなければ、宿主にとって大きな脅威とはならず、宿主の免疫系が細菌を常に監視できます。

細菌は抗生物質の結合標的を変え、活発に抗生物質を細胞外に排除し、抗生物質の分子を破壊・変形することで、抗生物質に対抗します。

スーパー耐性菌の誕生
細菌は「セックス」を行い、複数の薬剤耐性を持つ細菌を生み出すことができます。

スーパー耐性菌

薬剤耐性の仕組みは、細菌のDNAに遺伝子として保存されています。細菌は自ら遺伝子を変えることができます。ある抗生物質の薬剤耐性を持つ細菌が、また別の抗生物質の薬剤耐性を持つ細菌と出会うと、細菌の間で「セックス」が行われ、複数の抗生物質に対して薬剤耐性を持つスーパー耐性菌が生まれます

抗生物質を使った回数によって、どれだけの薬剤耐性菌が体内に生息しているのかが決まります。
危険な薬剤耐性菌
薬剤耐性菌の多くは病院に集中しています。

薬剤耐性菌の多くは病院に集中しています。最も危険なスーパー耐性菌もまた病院で発生します。また、地球上で南に行けば行くほど、多くのスーパー耐性菌に遭遇します。南ヨーロッパ、南アフリカ、アジアやインドでは、抗生物質の乱用が北部に位置する国よりも多くなっています。また、これらの国々の多くで、病院の衛生水準を高めるための資金が不足しています。

最も多くの抗生物質が使われるのは、人間の医薬品ではありません動物飼料における抗生物質の消費量は人間の医薬品の2倍になります。抗生物質は感染症の治療目的だけでなく、家畜の成長促進のためにも数多く使われているのです!家畜を成長させるために投与されたわずかな量の抗生物質が、薬剤耐性菌の拡大を引き起こしています。

また、抗生物質を製造する工場での無責任な取り扱いにも薬剤耐性菌拡大の原因があります。一部の工場では、廃棄物が河川に投棄されています(この恐ろしい話についてはこちらの記事(英語)をお読みください)。

 

インドの薬剤耐性菌
海外旅行や国際ビジネスによってもスーパー耐性菌は拡大しています。

抗生物質はとても緩やかなスピードでしか分解されません。使われた抗生物質はいずれ環境中(土壌、河川、植物)に戻っていきます。一方で、海外旅行や国際ビジネスは最も危険なスーパー耐性菌を世界中に拡大させています。

このことは地球に住む私たち全員にとっての懸念です。

抗生物質とマイクロバイオーム

これまでの話を聞いて恐怖を感じた方もいると思います。ですが、さらに恐ろしい話があります。私たちはまだ抗生物質とマイクロバイオームについて話をしていません。

3日から5日、症状が続く尿路感染症に抗生物質を使ったとしましょう。ちゃんとした方であれば、医師の指示に従って5日間ずっと抗生物質を服用するはずです。この5日の間に何が起こっているのでしょうか?処方されたのは、おそらく膀胱の大腸菌を攻撃するシプロフロキサシンだと思います。しかし、シプロフロキサシンは膀胱に直接投与されるわけではありません。口から飲むものです。そして、この抗生物質の錠剤は、膀胱に到着してから作用するわけではありません。シプロフロキサシンは消化管や、この薬を運ぶ血液が通る全ての場所で大腸菌を攻撃します。この抗生物質の働きは、ただ大腸菌を排除するということだけです。シプロフロキサシンは広域抗生物質です。つまり、この抗生物質が消化管に到達すると、そこでほとんどのグラム陰性細菌やグラム陽性細菌を排除してしまいます。大半の細菌が死滅し、非薬剤耐性の共生菌はいなくなってしまいます。その一方で、薬剤耐性を持つ共生菌は抗生物質を吸収してしまうのです。薬剤耐性菌はその後数年間とどまり続け、接触した全ての細菌に薬剤耐性遺伝子を共有します。

数か月後、あなたは家族のために調理した鶏肉からいくらかサルモネラ菌を取り込むかもしれません。消化管のマイクロバイオームはまだ弱った状態なので、わずかな数のサルモネラ菌でも重篤な下痢を引き起こすには十分です。マイクロバイオームが弱っているので感染を防ぐことはできません。しかも、マイクロバイオームが回復するにはまだ時間がかかるのです。数か月かかるかもしれませんし、数年、あるいは永遠に元に戻らないかもしれません。

これは本当に恐ろしい話です。

抗生物質の乱用は薬剤耐性菌を世界的に拡大させるだけでなく、近い将来、抗生物質を役に立たないものにしてしまいます。さらに、抗生物質はヒトマイクロバイオームを弱らせ、次の感染を起こしやすくしてしまいます。こうなってしまうと、次に感染症に罹ったときには、それが強力な薬剤耐性菌でないことを祈るしかありません。

 

目を覚ましてください!
私たちは目を覚まさなければいけません!

今しなければいけないこと

私たちは目を覚まさなければいけません!

未来の世代のために、抗生物質を効果のある医薬品として残すことは、私たちが果たさなければいけない義務です。また、マイクロバイオームを守るためにも、必要なときにだけ抗生物質を使うようにしなければいけません。

解決方法はとても簡単です。抗生物質を使う前によく考えてください。ウイルスによって感染が起きたのであれば、抗生物質を使ってもあまり効果はありません。

抗生物質の予防的投与は、感染のリスクが副作用のリスクよりも大きいときにだけ検討されるべきです。個人個人が抗生物質に過剰に頼るという習慣をやめられるなら、政治家の助けを借りることなく多くの変化を起こせます。

しかし、実際には、多くの関係者や政治家の協力がなければ実現できません。スーパー薬剤耐性菌に対処するためには、国際的な対策ネットワークと人々への啓蒙が必要です。世界規模の資金投入を行って病院の衛生環境を向上させ、新しい抗生物質の研究開発を行うことが求められます。

しかし、現実を受け入れましょう。このような動きは決して期待できません!そうなるといずれ手遅れになります。スーパー耐性菌は人間との戦いに勝利をおさめるでしょう。

 

子供たちは私たちの未来です
子供たちのために正しいことをなせるかは、私たち次第です。

自分たちや子供たち、孫たちの未来のために正しいことを行えるかどうかは、私たち自身にかかっています。

クリスティン・ノイマン博士, 著者
クリスティン・ノイマン博士
著者

みなさん、こんにちは。微生物学者のクリスティン・ノイマンです。生命の仕組みに興味があり、分子生物学を学びました。…

ファビアン・ガイヤー, 特別寄稿者
ファビアン・ガイヤー
特別寄稿者

ファビアン・ガイヤー氏から素晴らしい特別寄稿を頂きました。
ガイヤー氏はBIOMES社コミュニケーション・チームの一員です。BIOMES社はベルリンを拠点とするバイオ企業で、一般と専門家向けのマイクロバイオーム解析を専門としています。
ガイヤー氏は熟練の「翻訳者」として、人間と細菌の仲を取り持ちます。人間と細菌の関係は長年大きく誤解されていました。

リサ・カイルホーファー, 著者
リサ・カイルホーファー
著者

レーゲンスブルク大学で学びました。
多言語化業務に携わり、フリーランスの編集者としても活躍しています。

キャラ・コーラー
キャラ・コーラー
著者

シカゴのデポール大学とドイツのバンベルク大学で学位を取得し、現在博士号取得候補者となっています。
また、フリーランスの独英翻訳者、英独コピーエディターとしても活躍しています。

インゲ・リンドセット
インゲ・リンドセット
登録栄養士

オスロ大学のインゲ・リンドセットは登録栄養士で、専門分野は糖尿病と肥満、運動療法です。エクササイズの効果を最大限に高めたり、スポーツで最高のパフォーマンスを上げるための研究を行っています。
インゲ・リンドセットについて(ノルウェー語)

マリア・ペトロヴァ博士
マリア・ペトロヴァ博士
寄稿著者

マリア博士はヒトマイクロバイオームの分野で世界的に著名な研究者です。泌尿生殖器の細菌叢とプロバイオティクスを研究しています。ベルギーのルーベン・カトリック大学とアントワープ大学で乳酸桿菌と病原菌・ウイルスの分子相互作用を研究し、博士号を取得しました。博士の大きな業績は、ポスドクフェローのときに行った乳酸桿菌の遺伝的、分子的、機能的特性の研究です。この研究によって、膣内環境下での乳酸桿菌の働きについて素晴らしい知見を得ました。
マリア・ペトロヴァ博士について(英語)

ヨハンナ・ギルブロ博士
ヨハンナ・ギルブロ博士
寄稿著者

ヨハンナ・ギルブロ博士は受賞歴のある皮ふの専門家で、ベストセラーとなった『Skin We’re In』の著者です。
博士は実験皮ふ病学、臨床研究、そしてスキンケア製品開発の分野で15年以上の経験を持っています。また、製薬企業での長い経験を持っています。皮ふ科とコスメティクスの国際会議では、最先端の研究について頻繁に講演を行っています。また、「International Journal of Cosmetic Science」誌で過去10年の間に最も多く引用された研究者でもあります。博士はアンチエイジング成分で複数の特許を取得しており、スキンケア企業でアンチエイジング治療の研究・開発マネージャーを務めています。ギルブロ博士がスキンケア分野のエキスパートであることは言うまでもありません。『Skin We’re In』の執筆が示すように、現在は私たちのような一般人に知識を伝えることを使命としています。
2019年4月の出版の以来、『Skin We’re In』は主要な販売店でベストセラーとなっています。現在、スウェーデン語版のみが刊行されています。
https://www.skinomeproject.com

ディミトリ・アレクセーエフ博士
ディミトリ・アレクセーエフ博士
寄稿著者

ディミトリ・アレクセーエフ博士は消化管マイクロバイオーム、分子生物学、バイオインフォティクス、栄養学分野の優れた研究者です。基礎研究の臨床への応用に情熱的に取り組んでいます。Atlas Biomedグループでの主な役割は、社内外の科学プロジェクトを発展させることです。博士が携わっているプロジェクトは、栄養や神経変性疾患、炎症やがんに対するマイクロバイオームの応用、英国医薬品・医療製品規制庁の承認など多岐にわたります。Atlas Biomedグループでの統合的な役割に加え、ディミトリ博士は現在サンクトペテルブルクITMO大学で助教授を務め、健康のためのアルゴリズム開発を行っています。今後、博士はオランダのフローニンゲン大学医療センター(UMCG)に移り、老化研究に携わることになっています。
ディミトリ博士について(英語)

この記事が気に入ったらシェアしてください。
Copyright 2019 mymicrobiome.co.jp - All rights reserved.

免責事項:このサイトやブログの内容は医学的助言、診断や治療を提供することを意図したものではありません。