マイクロバイオームがディスバイオーシスに陥ると、がんを発症する可能性があります
慢性炎症による体へのダメージは、がんの成長を促す要因の一つです。つまり、慢性炎症に関わるマイクロバイオームは、がんの成長にも大きな影響を与えます。
炎症性腸疾患(IBD)は大腸がん成長の重大なリスク因子です(大腸がんは世界で三番目に多い悪性腫瘍です)。フソバクテリウム・ヌクレアタムという細菌が大腸がんの組織中に多く観察されています。
ピロリ菌は胃がんに関連していますが、胃がんを引き起こす様々な要因の一つでしかありません。胃がんの発生には、喫煙や遺伝的素因などの環境要因も大きく影響しています。胃がんは世界で二番目に死者数の多いがんです。
乳がんと前立腺がんは女性と男性でそれぞれ死亡例の多いがんです。進行の早い乳がんの成長には、メチロバクテリウムという細菌の減少が相関しています。また、男性がかかる前立腺がんには、前立腺の炎症が相関しています。前立腺の炎症は、尿路のマイクロバイオームの乱れによって起こることがあります。
マイクロバイオームはがん治療に影響を及ぼします
人間の体の細菌は化学療法と免疫療法に干渉し、以下の臨床転帰をもたらす可能性があります。1) 治療効果を高める、2) 抗がん作用を阻害し、効果を損なわせる、3) 抗がん剤の毒性を媒介する。
細菌が抗がん剤を阻害するひとつの例が、腫瘍組織中に存在するマイコプラズマ・ヒオリニスです。この細菌は抗がん剤ゲムシタビンの効果を低下させてしまいます。ガンマプロテオバクテリア(大腸菌、セラチア、クレブシエラなどのグラム陰性細菌)がゲムシタビン耐性をもたらすことが分かっています。これらの細菌は薬剤の効果を下げる酵素を放出し、抗がん剤を不活性化してしまいます。そのため、ゲムシタビン治療を行う場合は、抗生物質と組み合わせて使用すると治療効果が高まります。
プラチナ製剤化学療法は、特定種の細菌に依存した治療のひとつです。マウスに抗生物質カクテルの併用療法を行うとがんの退縮が少なくなり、マウスの生存率が低下しています(オキサリプラチン治療)。一方で、抗がん剤シスプラチンと乳酸桿菌を組み合わせたがん治療は治療効果が高まったとする研究もあります。この例では、抗がん剤の効果が細菌が生み出す活性酸素(ROS)に依存していました。
シクロホスファミド(CTX)治療は化学療法と免疫療法を組み合わせたがん治療です。CTXは免疫刺激に依存しています。そして、免疫系が適切に働くためには細菌の助けが必要です。マウスモデルを使った実験では、CTX治療はマイクロバイオームが傷ついていない場合にのみ効果的でした。マウスのCTX治療では、リンパ節と脾臓にグラム陽性細菌 (ラクトバチルス・ジョンソニー、ラクトバチルス・ムリヌス、エンテロコッカス・ヒラエ) を再定着させ、これらの細菌によって免疫応答を強化しました。無菌マウスと抗生物質を投与したマウスは両方ともCTXに耐性がありましたが、エンテロコッカス・ヒラエの経口投与を行ったマウスではCTX応答が回復しました。
細菌は抗がん剤の毒性を媒介することもあります。プロドラッグのイリノテカンがその一例です。イリノテカンは肝臓で不活性化されますが、腸管に到達すると細菌の酵素によって再活性化され、腸を傷つけて下痢を引き起こします。マウスでは腸内細菌の多様性の低下とフソバクテリウムおよびプロテオバクテリアの増加が、抗がん剤の毒性に相関していました。
がんの免疫療法は特に適切な細菌の存在に依存しています。このことは、人間の免疫系がマイクロバイオームに強く依存していることを改めて示しています。抗がん剤のイプリムマブ治療はバクテロイデス・シータイオタオミクロンとバクテロイデス・フラジリスに強く依存しています。消化器系の副作用が多いイプリムマブでさえ、バクテロイデス門の細菌が多いときには媒介性大腸炎が減少しました。
ビフィズス菌はT細胞応答に強く関連しています。プログラム細胞死タンパク質リガンド(PD-L1)抗体療法をビフィズス菌カクテルと組み合わせて行うと、マウスにおいてメラノーマの増殖が抑えられました。
逆にがん治療もマイクロバイオームに影響を与えます
化学療法はマイクロバイオームに大きな影響を与えます。白血病患者に化学療法を行うと、排泄物中の細菌の数が100分の1に減ってしまうことが示されています。腸マイクロバイオームの主要な細菌であるバクテロイデス種、クロストリジウム・クラスターXIVa、フィーカリバクテリウム・ プラウスニッツィイ、ビフィズス菌種が3000分の1から6000分の1に減少し、マイクロバイオームの多様性が失われてしまったのです。健康に有益な細菌が減少する一方で、病原菌の腸球菌が顕著に増加しました。
マウスにCTX治療を行うと、バクテロイデスに対するフィルミクテスの割合が増えました。バクテロイデスが大きく減り、放線菌が増加しました。
化学療法がマイクロバイオームに与える影響は、マウスにゲムシタビンを投与した例でも示されています。この例では、主要な腸内細菌であるフィルミクテス門とバクテロイデス門が顕著に減少しました。これらの細菌が減少すると、普段は数の少ないプロテオバクテリア (主に大腸菌) とウェルコミクロビウム (主にアッカーマンシア・ムシニフィラ)が増殖を始めました。このことは、ゲムシタビンを投与すると炎症誘発性細菌が増えることを示唆しています。
化学療法とは対照的に、免疫療法がマイクロバイオームに及ぼす影響に関してはわずかな科学的エビデンスしかありません。ただし、イピリムマブ治療は人間とマウスの両方でバクテロイデスとバークホルデリアを減少させ、クロストリジウムを増やすことが分かっています。
がん治療中・治療後にマイクロバイオームを回復させる方法
がん治療を行うとディスバイオーシスが起き、治療効果に影響を与える可能性があります。がん治療でも、プロバイオティクス、プレバイオティクス、シンバイオティクス(プレバイオティクスとプロバイオティクスを組み合わせたもの)、ポストバイオティクスを用いたさまざまな治療法が、マイクロバイオームを回復させ、がん治療の副作用を予防する目的で研究されています。
プロバイオティクス
乳酸桿菌とビフィズス菌がプロバイオティクスに最もよく使われています。これらの細菌には数多くの研究があり、安全に使うことができます。
人間を対象にしたエンテロコッカス・フェシウムの小規模な研究と、ラットを用いた違う種の乳酸桿菌株・ビフィズス菌株の研究では、プロバイオティクスの効果はまったく示されませんでした。しかし、適切な細菌株を用いて適切な投与量と投与期間で使用すると、大きな効果が得られています。
また別の研究では、人間とラット/マウスの両方で効果があったことが報告されています。ラクトバチルス・ラムノサスを使い、5-フルオロウラシル(5-FU)治療を受けた大腸がん患者の下痢を減らすことができています。また、ビフィドバクテリウム・ブレーベ株のヤクルト飲料は、感染による小児腫瘍から患者を守り、pHレベルを7以下に保つことで腸内環境を改善することが示されています。
化学療法の副作用の緩和にくわえて、プロバイオティクスががん治療の効果を高めることも示唆されています。L.アシドフィルスはシスプラチン治療を行った肺がんマウスにおいて、腫瘍の成長を抑えました。アッカーマンシア・ムシニフィラはマウスの抗PD-1を高める効果を示し、ビフィズス菌はメラノーママウスの抗PD-L1治療の効果を高め、腫瘍の成長をほぼ抑制しました。
プレバイオティクス
プレバイオティクスは主に食物繊維で、大腸の共生菌が発酵を行う難消化性の炭水化物です。プレバイオティクスが発酵されると短鎖脂肪酸 (SCFA)が生成されます。SCFAは腸のpHを下げ、腸内細菌の乳酸桿菌とビフィズス菌の栄養源となります。よく知られているプレバイオティクスの一つがレジスタント・スターチ(RS)です。RSは酪酸の産生を促進します。酪酸は抗がん・抗炎症作用を持つポストバイオティクスです。
がんの予防効果だけでなく、プレバイオティクスは化学療法の効果を高めることも示されています。イヌリンとフラクトオリゴ糖は肝がんマウスで6種類の薬剤(5-FU、ドキソルビシン、ビンクリスチン、CTX、MTX、シタラビン)の効果を高め、余命を延長させました。
シンバイオーシス
シンバイオーシスはプロバイオティクスとプレバイオティクスを組み合わせ、相乗効果を発揮させたものです。シンバイオーシスでは、プレバイオティクスがプロバイオティクス細菌の成長を促進するものであることが重要です。現時点では、プロバイオティクスやプレバイオティクスを単独で使用した場合と比べて、シンバイオーシスががん治療にどのような効果をもたらすのかはよく分かっていません。しかし、理論的に考えるなら、プロバイオティクス細菌の成長が促進されるならば、がん治療に良い効果があるはずです。この問題については、さらなる研究が待たれます。
ポストバイオティクス
ポストバイオティクスは、細菌がプレバイオティクスを発酵して産生した物質です。代表的なポストバイオティクスは短鎖脂肪酸(SCFA)の酪酸で、炭水化物発酵によって産生されます。その効果はすでに説明したとおりです。つまり、ポストバイオティクスには酪酸を産生する生きた細菌と同じ効果があります。そのため、プロバイオティクスは生きた細菌の安全な代替物となります。
ぜひご紹介しておきたいイン・ビトロ研究に、ラクトバチルス・プランタルムの上澄みが抗がん剤5-FUの毒性を高め、アポトーシス(プログラムされた細胞死)を増やし、がん細胞の生存数を減らしたというものがあります。この研究結果は、がん治療の効果を高めるためにポストバイオティクスを利用することができ、またポストバイオティクスには有害な副作用を軽減する可能性があることを示唆しています。
抗生物質
抗生物質はマイクロバイオームに大きな影響を与えます。しかし、がん治療では抗生物質を使わなければいけない症例もあります。その場合、可能であれば、抗がん剤の効果を低下させる特定の細菌だけを標的にしたものを用いるのが好ましいです。抗がん剤を阻害する細菌の一例が、がん細胞組織中のマイコプラズマ・ヒオリニスです。この細菌は抗がん剤ゲムシタビンの効果を下げてしまいます。一部の症例では、M.ヒオリニスに対する抗生物質が治療効果を高めています。このことは、ゲムシタビンと抗生物質シプロフロキサシンの併用で治療した結腸がんマウスの例でも示されています。
上の例は別としても、抗生物質はほとんどのがん治療で免疫-化学療法の効果に悪影響を及ぼします。抗がん剤の効果が低下するだけでなく、副作用も増悪します。この問題については、マウス/ラットや人間を対象としたシスプラチン、オキサリプラチン、抗CTLA-4免疫療法、抗PD-1免疫療法、抗PD-L1免疫療法、CpGオリゴデオキシヌクレオチド免疫療法、CTXなどのさまざまな研究で示されています。
結論―マイクロバイオームに配慮してください!
ほぼすべての病気に、宿主(人間)の遺伝的素因や食べ物・生活習慣などの環境要因に加えて、マイクロバイオームが大きく関わっています。
宿主である人間と医薬品、そしてマイクロバイオームの三者はとても複雑な相互作用の関係にあります。科学者たちは、このとても複雑な相互作用の関係性を解明するという素晴らしい仕事を成し遂げています。しかしその一方で、多くの科学研究では動物モデルを使っており、その結果が完全に人間に当てはまるわけではないことは心に留めておく必要があります。
健康な生活習慣を心がけ、豊富な種類の未加工食品を食べ、そして安全なプロバイオティクスとプレバイオティクスを利用する。そうすれば、がんの成長を防いで治療効果を高め、医薬品の副作用を軽減できる可能性があります。
マイクロバイオームに配慮してください―マイクロバイオームがあなたを気遣うように!
がんとマイクロバイオームについてより詳しくは次のウェブサイトをご覧ください。microbiomejournal.biomedcentral.com
免責事項:このサイトやブログの内容は医学的助言、診断や治療を提供することを意図したものではありません。