抗生物質の短期的な効果と長期的な悪影響
2018年12月、ニューヨーク大学医学部のマーティン・J・ブレイザー教授は、「クリーブランドクリニック・ジャーナル・オブ・メディシン」(2018年12月、英語版)に、微生物学研究の技術の現状とその評価について短い論考を投稿しました。
ブレイザー教授はヒト・マイクロバイオーム・プロジェクトのディレクターを務め、専門外の人にも分かりやすく解説してくれます。私たちのような一般人にマイクロバイオームの複雑な問題を説明することに関して、ブレイザー教授は最も優れた人物の一つです。
教授はショッキングな数字から話を始めます。最近示された統計(2018年11月)によると、驚くことにアメリカ人の40%が肥満に苦しんでいます。「普通の」太り過ぎの人も含めるなら、全部のアメリカ人が太り過ぎになってしまいます。また、子供と青少年の20%が肥満であるという信じがたい数字も、過去20年間で2倍になっています。30年前から、アメリカは肥満率で発展途上国を大きく上回っています。
健全な細菌の多様性が日に日に失われています
ブレイザー教授は、マイクロバイオームの細菌の多様性が、危機的な状況によって失われていることを明確に示しています。人間のマイクロバイオームは個人でそれぞれ細菌の構成が異なっています。母親が自然分娩で子供を産むとき、健全なマイクロバイオームの発達が始まります。そして、生まれてから最初の3年の間に環境の影響(母乳、肌のふれあい、キス、栄養、土や泥の中での遊び)によって、マイクロバイオームが育まれていきます。この時期の細菌叢の形成は、その後の人生に重要な影響を与えると考えられています。そして、マイクロバイオームの形成過程で過剰な衛生環境に置かれたり、抗生物質を不必要に投与されると、大きな悪影響を受けてしまいます。
そして最も悪いことは、もし女の子が適切にマイクロバイオームを形成できなければ、彼女の免疫系や消化機能が弱まってしまうだけでなく、彼女の子供たちに適切な細菌を受け継がせることもできなくなってしまうことです。マイクロバイオームの細菌の多様性が低下し続けると、致命的な結果がもたらされます(「致命的な」という強い表現をあえて選びました。例え医療による治療が可能だとしても、マイクロバイオームの多様性が低いと肥満率が高くなったり、アレルギー疾患や糖尿病、他の生活習慣病に罹る可能性が高まり、平均余命が短くなります)。
抗生物質はときに殺人的な医療になる
ブレイザー教授によれば、マイクロバイオームの多様性を低下させている主犯は抗生物質の使用(教授の言葉によれば抗生物質の乱用)です。教授は印象的な数字を挙げます。世界中で年間730億回分の抗生物質が処方されています。これは地球の全人口の一人当たり10回分に相当します。地球には、いわゆる文明社会から離れて暮らし、抗生物質の悪影響を受けていない幸運な人々が少数ながら存在しています。これらの人々のことを考慮するなら、実際に人間一人あたりが使っている抗生物質の量は概算を出すことしかできません(詳しくは「抗生物質の代替薬となる可能性があるもの」をお読みください)。
アメリカはここでも悪い例として挙げられます。恐ろしいことに、アメリカでは女性の50%が妊娠中または出産中に抗生物質を投与されています。このことは、生命が始まるときから健全なマイクロバイオームの発達を妨げられていることを意味します。もちろん、妊娠・出産中の抗生物質の投与率は国によって大きく異なります。例えばスウェーデンでは、抗生物質の処方率はアメリカより60%も低くなっています。このことは、アメリカにおける抗生物質の処方が医学的な必要性からではなく、単なる慣習として行われていることを示しています。
抗生物質は隠れた毒として食物に含まれている
ブレイザー教授はさらに食物中に含まれている抗生物質をもう一つの摂取源と考えています。この点でもアメリカは、世界で最も抗生物質の摂取率の高い国になっています。とても不誠実なことですが、食品の生産で抗生物質が用いられる動機が、消費者を傷つける原因となっています。その動機とは、家畜の体重増加を促すためです。このことは、消費者のためではなく家畜業者のために抗生物質が使われているという事実を示しています。消費者は抗生物質の影響が少しずつしか表れてこないことを知りません。
マウスの実験では、誕生して間もない時期に抗生物質を投与した場合、わずかな量であっても消化管マイクロバイオームに影響を及ぼし、体重増加や免疫系に悪影響があることが証明されています。短期間の抗生物質投与であっても長期的な悪影響があるのです。また、子供を対象にした研究では、抗生物質の悪影響の例として、炎症性腸疾患などの大きな病気が挙げられています。
ブレイザー教授は内科医、特に小児科医に不必要な抗生物質の投与を控えるように訴えています。また、科学は可能な限り早くマイクロバイオームを解明し、抗生物質によって何が破壊され、また何が回復できるかを具体的に解明することが求められています。
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