人間とマイクロバイオーム-細菌にとっての栄養とは
まず、食べ物の質について考えましょう。1日に食べる栄養の総摂取量ではなく、食べ物の質そのものを基準にして考えてみましょう。
現代人に肥満が多い主因が何なのかはまだはっきりとは分かっていません。ですが、これまでの知見を考慮するなら、「脂肪は体に良くない」とか「炭水化物は体に良くない」と言い切ってしまうのは単純すぎます。マイクロバイオームと人間の関係を考えるなら、脂肪や炭水化物の摂取量そのものは、必ずしも健康に大きな影響を及ぼすわけではないことが分かります。
消化管に住む細菌と人間では、同じ食べ物であっても受ける影響は異なります。何を食べるかを決めるときに、人間の視点からではなく細菌の視点から考えてみましょう。そうすると、食べ物が細菌も含めた人間の体に与える影響に大きな違いがあることが分かります。細菌や他の微生物の視点は、人間の視点とどのように異なるのでしょうか? この観点から考えると、食品の加工レベルと食事の頻度の二つが大きなポイントとなります。
健康に良くない食べ物をしばらく食べ続けたとしても、その影響が小さければ、人間の細胞が元の状態に戻るのは難しいことではありません。ですが、健康に良くない食べ物が消化管に住む細菌を、代謝を妨げる存在に変えてしまうのなら、人間の細胞も簡単には元の状態に戻れなくなります。この人間の体の仕組みは、最近新しくわかったことです。
細菌は孵りたての雛鳥や巣立ちをしようとしている雛鳥と同じ困難に直面します。兄弟の雛鳥たちとの食べ物をめぐる競争で頻繁に負けてしまうと、死んでしまうことになります。私たちの体の中に住む多くの細菌たちは、毎日決まった時間に「繁栄するか滅ぶかの戦い」を繰り広げています。人体の細胞は例え食事が数日行われなかったとしても必要な栄養を受け取ることができますが、細菌にとっては生存のために得られる食べ物は全て得なければいけません。人間がよく食べる食べ物から効率的に栄養を得られる細菌はその点で有利です。それでは、細菌にとって食べ物が多すぎたり、逆に少なすぎるとき、または細菌の栄養として良い食べ物が人間にとっては良いものではなかったとき、一体何が起こるのでしょうか?
マイクロバイオームは栄養学の研究の領野を変化させました
この記事では、生物学的にどのような影響を与えるのかに基づいて、人間の食べ物を二つの観点から考えました。一つ目の観点は、人間がある食べ物を長期的に食べたときに、摂取量の大小とは関わらず、どんな種類の栄養が得られるかです。ある栄養が不足した場合や、または逆に、例えばセリアック病になった人がグルテンを摂取した場合は、何らかの症状や病気が起こるはずです。
もう一つの観点は食事をすることや食事の不足が、短い期間で人間にどのような影響を与えるかです。摂取する食べ物の質が低いことによる影響は、時間の経過とともに病気を引き起こすことがあります。例えば、紙で指を切ったときのことを考えてみましょう。傷ができても、健康な体は短い時間で簡単に傷を修復します。ですが、何週間も同じ場所に小さな切り傷をつくり続けると、感染症が起こる可能性が高くなります。食事の品質にも同じことが言えます。質の低い食事を繰り返していると、最後には病気につながってしまうこともあるのです。
食事が人間の細胞に与える影響と細菌の細胞に与える影響の違いの一つは、大雑把に言えば人間の細胞は基本的に同じ状態であり続けるのに対し、マイクロバイオームは恒常的に変化し続けることがあるということです。
従って、健康に良くない食べ物をしばらく食べ続けたとしても、その影響が小さければ、人間の細胞が元の状態に戻るのは難しいことではありません。ですが、健康に良くない食べ物が消化管に住む細菌を、代謝を妨げる存在に変えてしまうのなら、人間の細胞も簡単には元の状態に戻れなくなります。この人間の体の仕組みは、最近新しくわかったことです。
人間の体に住む細菌にとっての大きな嵐
栄養濃度が細菌の振る舞いに関わっていることは知られています。一般的に、栄養濃度が濃いほど細菌の毒性を示す働きをするようになります(つまり、「悪い働き」をします、参考文献(1))。ルールが与えられない子供の例で考えてみましょう。このような子供は好き勝手に動き回り、悪い振る舞いをするでしょう。
それでは、細菌にとって栄養濃度の濃いものとは、どんな食べ物が該当するのでしょうか?この問いの答えは、人間にとって栄養濃度が何を意味するのかによっても異なります。細菌にとっては、すぐ近くにある、すぐに利用できるものだけが栄養です。したがって、細菌にとってジャガイモの大きな塊は、ポテトスターチと同じものではありません。ジャガイモの塊は、細菌にとっては繊維質のものなります。繊維質も細菌にとっては良い栄養の一つですが、スターチの方がより価値がある栄養です。ジャガイモなどの未加工の食べ物に含まれるスターチは繊維質の壁に囲まれており、消化管でゆっくりと消化されます。面白いことに、他の食べ物でどのように、またどのくらい、この繊維質の壁が分解されるかはよく分かっていません。ですが、小腸を通して食べ物の細胞から栄養分を可能な限りゆっくりと少しずつ吸収することは、なぜ人工的な加工の少ない食品が健康に良く、加工の度合いが大きい食品が健康に良くないのかを知る手がかりの一つとあります。りんごジュースやスターチ、穀物ミル(小麦粉)は栄養分が繊維質によって覆われていない食べ物です。そして、これらは細菌にとっては栄養濃度の濃い食べ物であり、細菌が悪い振る舞いをするように仕向けます。言い換えると、小腸に到達したポテトスターチが、茹でたジャガイモの塊と同じエネルギーを持っているかどうかはさほど重要ではないのです。細菌にとってどれだけ多くのエネルギーがあるかは、食べ物の構造によって異なるのです。
栄養濃度が濃く、定期的に栄養が送られること(間食)は、消化管の生態系のホメオスタシスの安定には良くありません。従って、細菌にとって次のような食べ物は細菌にとって大きな嵐となります。
- 非細胞性または栄養分が繊維質で覆われていない食べ物(例えば精製糖やパン)の頻繁な摂取
- 1日の最初に取る食事と最後に取る食事の間に、短い期間で頻繁に間食を行う事(小腸の細菌にとって栄養が存在しない時間が短くなります)
- ファイトケミカルの摂取量が少ないこと (細菌の成長が乏しくなります)
このような食事は実際、現代の健康に良いとされる食事のガイドラインの一部に含まれています。つまり、パンなどの穀物を一定量食べ、少ない量の食事を頻繁に取るということです。
過剰な栄養による嵐がさらに強いものになる要素があります。もし、細菌叢に悪さをさせる食事に脂肪が加えられると、悪い影響がさらに大きくなる可能性があります。その理由の一つは、LPS(リポポリサッカライド、細菌の細胞エンベロープに由来し、免疫反応を引き起こします)のような炎症を起こす物質です。LPSは細菌が生成しますが、脂肪に溶けることで、より容易に人間の血流に入り込みます(参考文献2-5)。ファイトケミカルはこの悪い影響を抑えることがあることが分かっています(参考文献5)。
まとめましょう。以上のことは低脂肪食(参考文献6-7)または高脂肪であるが低炭水化物の食事(参考文献8)が脂肪量の低下にある程度有効であることを説明しています。低脂肪食では、LPSを血流に運ぶ脂肪の量が少ないため、比較的多めの小麦粉をベースにした食事でも悪影響はありません。低炭水化物食では、LPSの産生を増加させる炭水化物が少ないため、食事に含まれる脂肪は有害なものとはなりません。脂肪と炭水化物の組み合わせを避けた食事が健康に良いとする意見もあります。
フランス人の食事は健康的?
これまで述べてきた要因が、食事が不健康の原因になるという説にとって重要なら、例外は存在しないことになります。言い換えると、精製糖を多く使った栄養分が凝縮された食事は、全ての人にとって健康に悪い影響を及ぼすことになります。
例えば、1980年代のフランス人の食事について考えてみましょう。卸売りのデータによれば、当時のフランスの食事は1人あたり1日に720kcalの小麦粉を含んでいました。その頃のフランスの肥満率は現在と比べてずっと少なかったのです。このことは、上記の仮説に対して例外となるものなのでしょうか?もちろん、当時のフランスに全く肥満がなかったわけではありません。人口の27%は肥満だったのです(参考文献9)。また、当時のフランスの食事は間食が非常に少なくなっていました(参考文献10)。喫食率や果物や野菜の割合、食品の加工度合いなどの他の要因も、フランス人の食事に影響を及ぼしていると考えられます。さらに言うと、適切な量でない食事が健康に悪影響を及ぼすのには時間がかかります。その悪影響は世代を超えることもあります。例えば、健康に良くない食事がマイクロバイオームを変化させ、そのマイクロバイオームが子供や孫に引き継がれることもあります。子供たちが小さい頃から変質したマイクロバイオームに曝され続けていたのなら、負の影響は大きなものになるでしょう。
参考文献(英語)
- https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5427672/
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28793772/
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22394503/
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29129737/
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22162245/
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1200726/
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11126204/
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27059106
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10340817/
- https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4347992/
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